第四章 幽霊森の終焉(5)

「――というわけで、勝負は引き分けだ! みんな、お疲れ様!」
 幽霊森の調査が終わった、数日後。今日も陽気な団長からの報告を受けて、ステラたちはぽかんとした。
 間抜けな沈黙を、素っ頓狂な声が破る。
「ひ、引き分け? よかったの、それで?」
「ああ。オスカーがどちらでもいいと言うから、それぞれに報告書を書いて提出することになったよ」
 前のめりになったナタリーに、ジャックは得意げな笑顔で答える。
 彼はいつも明るいが、今日はいつにも増して明るい気がした。ステラはなんとなく、得られようもない同意を求めてまわりを見る。猫目の少年と目が合った。
 彼らが心の中でうなずきあっている間に、レクシオが腕を組んで先ほどの報告を反芻する。
「『調査団』は丸い石とティルトラスの少年兵について、『研究部』は幽霊が暴走した原因についてを書くんだったな」
「原因って……神様の力でしょ? それ、どうやってごまかすの」
「ネリウスさんとカーターくんに協力してもらうそうだよ」
 ジャックの答えを聞いて、ステラは二人のことが少し気の毒になった。主にカーターが、だろうか。足を揺らしながら考え込んでいると、椅子が鈍い悲鳴を上げる。
 第二学習室に微妙な空気が漂う中、団長は一切動じずに手を叩いた。
「それと、もう一つ。せっかく活動内容の似た同好会グループ同士だから、これからは連携しないかという提案をしたんだ」
「連携? それ、オスカーが話聞いてくれたのか?」
 トニーが怪訝そうに目を細める。ジャックは「もちろん!」と力強く言い切ったが、その後の声は少ししぼんだ。
「けれど、オスカーがひとつ条件を出してきたんだ。その条件というのが……『教会で起きたことをすべて教える』というものなんだけれど……」
「あー……」
 平べったい相槌の四重奏がむなしく響く。
 ステラは、心の中で盛大にため息をついた。直後、ジャックが自分を見ていることに気づき、背筋を伸ばす。
「さすがに、僕の独断で決められることではないから、話は保留にして持ち帰ってきたというわけだ。みんな、この件についてはどう思う?」
 ジャックの目は、ステラから始まり団員を順繰りに見た。そのうちの一人、レクシオが頭をかいて、四人の心中を代弁する。
「連携の話には賛成。『研究部』の力を借りられるなら、こっちの調査もいくらかやりやすくなるだろうし。ただ、『翼』の件を話すとなると……難しいかもしれないな」
 緑の目が、ちろりと動いてステラを見る。彼女自身も、顔の前であわあわと両手を振った。
「あたしが決められることじゃないって。ラフェイリアス教の決まりごとに関わる話なんだから」
「それもそうだよね」
 ジャックが参ったといわんばかりに苦笑する。その表情を見て、ステラは少し考えこんだ。一つの案を自分の中でまとめると、団長に向かって軽く拳を握る。
「――わかった。今度の休み、教会に行ってくる。エドワーズさんに話してみるわ。ダメ元だけど……」
 自信に満ちていた声が、終わりに向かってしぼんでいく。自分で言っていて、「話したらだめ」と言われる未来しか見えないのだ。しょんぼりとうなだれたステラに、けれどジャックはまぶしい笑みを見せた。
「本当かい? ありがとう、ステラ!」
 一点の曇りもない感謝を述べられて、ステラはあっけに取られる。我に返ると少し恥ずかしくなって頬をかいた。
 そんなステラに笑いかけたジャックは、だが少しすると笑みを消した。表情の変化に気づいた四人が戸惑っていると、彼は急に居住まいを正す。
「みんな。今回は、迷惑をかけたね。僕とオスカーの個人的な諍いに巻き込む形となってしまった。――すまなかった」
 ジャックは言ってから、深々と頭を下げた。団員は、唖然として団長を見返す。
 そうして生まれた沈黙は、けれども長く続かなかった。一人の少年の失笑によって、破られる。
「なんだよ、そんなことか」
 ジャックがぽかんと口を開けた。ほかの三人も、彼――トニーを凝視する。少年は猫目を悪戯っぽく細め、友人に向き合った。
「そんなの誰も気にしちゃいないよ。もちろん俺もな」
「なあ?」と笑って、彼は残る団員を見回す。レクシオが肩をすくめ、ナタリーが拳を握った。
「そうだよ! 別に団長悪くないし!」
「どっちかと言うと悪いのはナタリーだよな」
 レクシオが目をすがめると、気が強い少女は眦を吊り上げた。「レクまでそんなこと言うの!?」と、わざとらしく拳を振りかぶる。
 じゃれあいを始めた二人を横目に、ステラもジャックへほほ笑みかけた。
「あたしも、巻き込まれたとは思ってないよ。むしろ、結構楽しかった。だから気にしないで」
 幽霊森での出来事を思う。確かに根源は二人の少年の過去だったかもしれない。だが、ステラたちはそれに対して不満を抱いてはいなかった。今回の騒動のおかげで生まれた縁もある。シンシア、オスカー、ブライス、カーター。癖は強いが、きっとみんな、根は優しい人なのだろう。
 彼らと出会えて、歴史を知れた。その体験を迷惑などとは思わない。
 口にしなかった気持ちを込めて、少女はかけがえのない学友を見つめる。
 ジャックは珍しく、目を丸くしたまま固まっていたが、トニーに背中を叩かれて我に返ったらしい。ひゅっと息をのんでから、いつもの輝ける表情でうなずいた。
「ありがとう、みんな」

 ――すべてが決まったわけでないにせよ、これで今日の話はひと通りまとまったことになる。『クレメンツ怪奇現象調査団』の五人は、ゆるい挨拶を交わすと教室を出て、それぞれの帰路についた。
 ステラは、当然のようにレクシオと並んで歩いている。静かな廊下に響くのは、二人分の足音だけだ。しばらくそれに耳を澄ませていたが、ふっと思いついて顔を上げた。機嫌よさそうに歩いている少年の方を見る。
「あのさ、レク」
「んー?」
 幼馴染はのんびりと返事をした。ステラは口をもぞもぞと動かす。続けるべき言葉は思い浮かんでいるのに、形にするとなると言いようのない不安に駆られた。それでも、なんとか息を吸う。
「あのさ、ありがとうね。森で……怒ってくれて」
 レクシオは驚いたふうにまばたきしたが、ああ、と呟くと表情をほころばせた。
「なんだ、その話か。気にすんなよ。あの時は俺もカッカしてただけだし」
「そ、そうなの?」
「ま、人の制止も聞かずに飛び出したおまえが悪いのは、確かだけどなあ」
 鮮やかな一撃を食らって、ステラは声を詰まらせる。
 森で、ラメドとヌンに出くわしたとき。ステラがまわりを見ずに飛び出したのも、レクシオが止めようとしたのも事実だ。戦士たるもの、常に冷静であれ――そう教わってきたステラにとって、それは恥ずべきことだった。
 だが、レクシオは笑う。
「でも、おまえはそれでいいんじゃねえの? 悪いことばっかりじゃねえよ。少なくとも俺は、その向こう見ずなところに救われてんだ」
「……レク?」
 飄々とした態度で放たれた言葉は、半分ほどしか聞き取れなかった。声が急に小さくなったからだ。ステラはそれを訊き返そうとして――しかし、思いとどまった。
 ふと足を止める。覚えのある気配が、凄まじい速度でこちらに近づいていることに気づいた。
 後方に影。気づいた二人が振り返ると同時、赤いかたまりが飛んでくる。
「やっほー、ステラ!」
 ブライス・コナーの突進を、ステラは体をひねってかわした。かわされた方は前のめりになったが、危なげなく体勢を立て直す。動きは軽やかだが、表情は不満げだ。
「なんで避けるのさ」
「あの勢いは避けなきゃ怪我するでしょ!」
 腰に手を当てて苦情を述べたステラに対し、ブライスは頬を膨らませる。その後ろからやってきた少女が、それを見下ろしてため息をついた。
「ブライス。あなた、懐いた相手にすぐ飛びかかるくせ、いい加減に直しなさいな」
「ええ~」
 ブライスはさらにふてくされた。少女――シンシアの方は、子どもっぽい友達をよそに、二人に向かって「ごきげんよう」と礼をする。
 彼女の口調に少々棘があることに気づいて、ステラは引きつった笑いを浮かべた。まだシンシアはステラのことをよく思っていないらしい。そういえば、ブライスには自分の昔のことを話したが、彼女は何も知らないのだった。
「シアの方こそ、いつまでもつんけんしてるのはよくないと思うなあ」
 ステラの内心を見透かしたように、ブライスが笑った。榛色ヘーゼルの瞳が意地悪く光る。シンシアが眉間にしわを寄せた。
「べっ、別にそんなつもりは――」
「イルフォード家の噂は、だいぶ盛られてるみたいだし。シアが誤解している部分も多いんじゃない?」
「え?」
 ブライスがあっけらかんと放った言葉に、少女は目を瞬く。その表情のまま、まじまじとステラを見てきた。いきなり赤毛の少女がその話題を振ると思っていなかったので、ステラも返答に困ってしまう。とりあえず、頬をかいてごまかした。
「あーっと。その話は時間のあるときにするね。……聞いてもらえると、嬉しいんだけど」
「……しかたありませんわね。聞くだけ聞いて差し上げましょう」
 そっぽを向きつつ、シンシアは小声で言った。ステラは胸をなでおろす。端から人の話を聞こうとしない貴族を山ほど見てきただけに、より安堵感が強かった。
「ありがとう、ネリウスさん!」
 言った勢いでお辞儀をすると、なぜかシンシアは数歩下がる。そのやり取りを見て、赤毛の少女がからからと笑った。
「ステラったら、そんな他人行儀な呼び方しなくていいよ~!」
「なんであなたが言うの!」
「ええっと……シンシア? って呼んでもいい? あたしも呼び捨てでいいから」
「ああもうっ! お好きにどうぞ!」
「シア、顔真っ赤だよ」
 黄金色の光があふれる廊下に、少女たちのかしましい会話が響き渡る。彼女たちの横を歩いている少年が、薄闇の中で目を細め、それを見守っていた。