001.僕等の道標

 ロトという青年は、ぼくにとっては少し特別な人だ。普通の人から見れば、魔術師で、便利屋、というところなのだろうけど、ぼく――ぼくとアニーにとってはそれ以上の存在なんだと思う。
 お兄さんのような、師匠のような、それでいて、目指すべき場所のような。語彙の少ないぼくにはなんと表現したらいいかなんて分からないけど、でも、とても尊敬できる大切な人だ。

「魔術のことを教えてほしい?」
 ロトは、自分の家に来るなりそう言いだした少年を見て、眉をひそめた。フェイは下げていた頭をそろそろと上げると、かすかにうなずく。ロトは、それまで目の前の机の方に向けていた自分の体を、少しねじってフェイの方へ向けた。
「なんでだ? 一応言っとくが、おまえに魔術の適正はないぞ。持ってる魔力が少なすぎる」
 あくまでも冷徹を装った声でロトがそう言うと、フェイはあっさりとまたうなずいた。理解の色が瞳に浮かんでいる。
「う、うん。そうだと思う。でもそういうことじゃないんだ」
「……というと?」
 ロトは目を細め、問い返す。この少年の意図をはかりかねたのだ。彼は少し困ったように視線をさまよわせていたが、やがて、しっかりと男の顔を見据えてきた。
「ぼく、アニーと一緒に行動することが多いでしょう? 戦いに行くアニーをサポートすることもあって……そこで、魔術師と向かい合わないとも限らない」
「ふむ」
「だから、魔術師のことをもっと知りたいなと思ったんだ。敵として会うとしても、味方として会うとしても、知っておくことは無駄じゃないと思うから。――それが、ひとつ」
 歳に似合わぬ落ち着きと聡明さを兼ね備えた少年の言葉に、魔術師は黙って首を振った。感情を表に出さず、続きを促す。
「もうひとつは?」
 するとフェイは、急にうつむいた。それから、どこか照れくさそうに口元を綻ばせる。不思議に思い首をひねるロトを見ながら、少年は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「あのね、憧れたんだ」
 思いがけぬ言葉。虚を突かれたロトは、目を見開いて、「は?」と訊き返した。するとフェイは、もごもごと続ける。
「遺跡で戦うロトさんを見て、魔術師に憧れた。同時にね、魔術師って、大人が言うほど悪い人たちじゃないんじゃないかって思ったんだ。だから、もっと知りたい。まわりの大人たちだけじゃなくて、魔術師自身の口から、その力についての話を聞きたいんだ。……だめかな?」
 ロトは咄嗟に反応できず、しばらくぽかんと口を開いてフェイを見つめる。
 彼らにとっての良い大人でありたいと、確かに一時は思っていた。だが、ロトは、自分が魔術師の中では無力な部類に入る方だと自覚していて、だからこそフェイからこんな切り返しがくるとは思っていなかった。
 不思議な気持ち。だが、嫌ではなかった。ふっと笑ったロトは、次の瞬間、堪え切れずに吹きだす。
 てっきり顔をしかめられると思っていたフェイは、それを見て首をかしげた。
「ロトさん?」
 そしてロトはというと、自分を呼ぶ声を受けて、ひらひらと手を振る。
「いや、うん。おまえ、変なところでアニーに似てるよな」
「え? そ、そうなの?」
 アニーとフェイは対照的だ。だが、共に行動しているからには、少し似通ったところも出てくる。本人は気付いていなかったが。
 ロトは無理矢理笑いをおさめると、挑発するような笑顔を向ける。
「分かった。魔術のこと、少しずつ教えてやるよ」
 するとフェイは、無邪気な喜びに顔を輝かせるのだった。

 フェイが幼馴染の少女との共通点に気付いていないように、ロトにも気付いていないことがあった。
 それは――自分という存在が、いつの間にか、幼い少年少女の道標になっていた、ということである。
 ロトという魔術師は、以後、いつまでも、彼らの目指すべき場所であり続けた。後の二人は、そう語っている。