042.君の殺し方

 男がその場に辿り着いたとき、女は赤い大地に立っていた。夕日の橙色としみこんだ血の赤はとてつもなく違和感を覚えさせるようでいて、不思議と世界に溶けあっているようでもある。
 女は笑っていた。返り血を一身に浴び、瞳をぎらつかせて。紫色が迫る空を見上げ、高らかに哄笑していた。
「レアスィーラ」
 男が静かに名を呼ぶと、女は笑うのをやめてまっすぐ前を見る。その視線の先には、ここと同じように天空に浮かぶ島がいくつもあった。
「来たのね、エイン」
 女は黒髪をなびかせ、静かに言う。男はゆっくりと彼女の方に向かって歩いていく。
 地面の血はもはや乾き、茶色くなっている。争いの痕残る場所にはしかし、死体の一つも残っていなかった。それがこの女のせいであるということを――男は、知っていた。
「なぜこのようなことをした」
「それを、今さら私に訊くの?」
 低い問いかけに、女は嘲笑うような口調で答える。
 大地は静かだった。ただ時折そよ風が吹き、茶色い砂塵を流していくのみである。そんな大地の真ん中で、女は振り返った。透き通るような白い肌に、赤い血がこびりついている。紫水晶の色をした瞳は、今は闇に沈んでいた。女はその目を、愉しそうに細めた。
「あなたの仕事はただひとつ。私を裁くこと。神から力を賜った賢王として、同じく神から力を得た狂気の女を殺すこと。――そうでしょう?」
 歌うような声。語る女の唇は艶やかだ。男は、束の間静かに瞑目すると、やがて一歩を踏み出した。
「そうだな」
 腰にある、剣の柄に手をかける。
「そのために俺は、ここまで来た」
 そうして剣を引き抜いた。金属の澄んだ音が響き、夕日に照らされた白刃は黄金色に輝く。
 女は微笑むと、優雅に男の方を向いた。
「君の殺し方を知っているのは、俺しかいない。ほかの王ではどうすることもできない」
「ええ。すべてを飲みこむ闇を消しされるのは、すべてを救う聖なる光だけ」
 両者は向かい合う。
 男は剣を構え、女は手を振り上げる。
 刃は青白く輝き、細い指先に暗い闇が生まれた。
「始めようか、レアスィーラ」
「そして終わらせましょう。エインディアス王」
 光の王は静かに呟き、闇の姫は艶やかに笑う。
 そして光と闇が渦巻き、やがて衝突した。黒と白の光が、黄昏の世界で激しく瞬く。
 彼らは知っていた。自分たちの力だけですべてを終わらせることはできないと。やがて互いの血は継がれ、新たな時代に新たな争いを生むと。
 だが彼らは、同時に望んでいたのかもしれない。その争いの決着、そして光と闇の融合を。
「だから俺は、終わらせる」
「私も。あなたとともに、時代の幕を下ろしましょう」
 二人は渦巻く光と闇の中、とても穏やかに微笑んだ。そして――地面を蹴って、刃を交えた。

 彼らとその子孫による長き戦を公式の書物は記録していなかった。足跡が刻まれるのは、それから何千年もあとのことである。
 歴史は語らない、しかし確かに存在したひとつの戦い。
 原初の世界の王と姫――彼らの衝突は、そんな戦いの始まりを告げるものであった。