第二章 皇女の依頼(6)

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「――それで、より命令を細分化した構成式を研究しているそうなんです。ほんの少しですけど、資料も見せていただけました」
「そいつはうらやましい。どんな感じだった?」
「今の構成式の三倍は細かかったですね。元素エレメルというだけあって、細かい粒のひとつひとつに働きかけるものですから、しかたがないのでしょうけど。正直、見ていてめまいがしそうでした」
「……ミオンがそう言うなら、実用化はまだ難しそうだな。どんなのがあったんだ?」
「例えば――」
 第二学習室に、楽しげな声が飛び交っている。声の主はミオンとレクシオだ。先日の職場見学について話しているのはわかるのだが、詳細はまったく理解できない。この場合、理解できない方が幸せかもしれない。なので、ステラは二人の雑談を笑顔で聞き流していた。
 魔導の一族二人で盛り上がっていた会話も、やがて一段落つく。それを見計らってか、声が途切れたところで、ジャックがステラの方へ体を向けた。
「宮廷騎士団の見学は、どうだった? 得るものがあったかい?」
「うん。中等部までとは違って実践的なこともあったから、新鮮だった」
 ステラは垂れてきた前髪をかき上げて笑う。ジャックも陽気に瞳をきらめかせて「それはよかった!」と、手を叩いた。
 ――予想外の邂逅の後、職場見学はつつがなく進行した。鍛錬の見学の際には、生徒たちも少しだけ参加させてもらうことができた。宮廷騎士団の鍛錬はえりすぐりの武術科生でも悲鳴を上げるほどの厳しさだったようだ。が、ステラはさほどきついとは感じなかった。実家で祖父や父にしごかれていた頃に比べれば、楽なものだ。そう――実に楽しい鍛錬だった。
「おまえ、なんか教官と意気投合してたよな?」
 レクシオが呆れたような視線を向けてくる。ものいいたげな彼を、ステラも負けじとにらみ返した。
「そう言うレクだって、教官と仲良さそうだったじゃない。なんか褒められた?」
「褒められたっつーか、『根性あるな』って言われた。自分じゃよくわからんけどなあ」
 首をかしげるレクシオに、今度はステラが呆れの目を向ける。幼馴染から視線を外したのち、彼女は目を瞬いた。こちらを見ている『調査団』の面々が、揃って微妙な顔をしていたので。
「ん? みんな、どうしたの?」
「い、いえ……なんでもないです……」
「相変わらずだなあ、お二人さん」
 なんだか青ざめているようにも見えるミオンが、やや引きつった笑みを浮かべる。トニーがかぶりを振っていた。
「イルフォード家の常識は世間の非常識……」
 さらにナタリーなどは何事か呟いている。また何かしでかしただろうか、と眉を寄せたステラを見て、ジャックが底抜けに明るい笑声を立てた。
 第二学習室に形容しがたい空気が漂う。次の瞬間――その空気を吹き飛ばすほどの勢いで、部屋の扉が開かれた。
「やっほー! なんか面白そうな話してるじゃーん!」
 ジャックに負けない明るさをぶちまけて、小柄な少女が飛び込んでくる。『ミステール研究部』の一員、ブライスだ。転がるようにしてステラのそばまで走ってきた彼女は、しかし急停止を余儀なくされる。後ろから制服の襟をつかまれたためだった。
「ブライス、挨拶くらいしなさいな! ……ごきげんよう、皆様」
 ブライスを追いかけてきた少女が、美しい相貌を呆れと怒りで染め上げて彼女をにらむ。それから『調査団』へ向けて優雅に一礼した。ふんわりと波打っている茶髪が、動作に合わせて揺れる。友人、つまりシンシア・ネリウスに叱られたブライスが「こんちわー」と、それに追随した。
 少女たちの様子を見て、トニーがにやりと笑う。
「こっちはこっちでぶれねえなあ」
「こんにちは、二人とも」
 ステラはとりあえず挨拶だけしておいた。このやり取りは、じゃれあいようなものだ。いちいち突っ込んでいてはきりがない。
 シンシアが第二学習室の奥へやってきて、ジャックに改めて声をかける。ブライスは彼女に引きずられる格好になっていたが、ちっとも気にしていなかった。友人の背後から顔を出し、「久しぶり、団長さん!」と笑っている。
 そんな二人から少し遅れて、さらに二人の少年が部屋に入ってきた。
「えっと……こんにちは」
「来たぞ」
 ぺこぺこと頭を下げるカーター・ソフィーリヤと、無愛想な一言を放ったオスカー。ジャックは二人に気づくと顔を輝かせ、椅子から立ち上がった。
「やあ、『研究部』のみんな。来てくれてありがとう! まあ、まずは座ってくれ!」

『調査団』と『研究部』の面々は、幸いにも早めに職場見学を終えることができた。だから、ほかの生徒たちが今なお浮足立っている中で一足先に日常を取り戻した、という具合だ。
 今回、十人が第二学習室に集まったのは、ステラがジャックに招集をかけるようお願いしたからだ。アーサーのこととあの伝言のことは共有しておいた方がいい、と判断したのだった。ナタリーとトニーも「報告したいことがある」と言っていたので、ちょうどよかった。
「ステラさん。話しておきたいこと、というのはなんですの?」
 全員が着席した直後、珍しくシンシアがそう切り出した。深い緑色の瞳が鈍くきらめく。ステラはひとつうなずいた。
「あのね。職場見学のとき、アーサー殿下にお会いしたの」
 前置きなしに、事実のみを伝える。すると、学友たちは一斉に身を乗り出した。
「アーサー殿下って……あのアーサー殿下かい!?」
「信じられませんわ。ほとんど表に出られない方ですのに……」
「まじでー!?」
 詰め寄られたステラは、ひるみつつも首肯した。同時に、彼があの場に現れたことがとんでもない非常事態であることを再認識する。あのジャック・レフェーブルが目を剥いてここまで声を荒らげるなど、そうあることではない。唯一無言を貫いているオスカーですら、遠目にもわかるほど瞠目してこちらを見つめている。この後の反応が怖い。
 肩をすぼめながらも、ステラはレクシオを振り返った。彼はいつも通りの表情でみんなを見ている。
「それで……レクいわく、アーサー殿下がアーノルド捜査官の『上官』らしいの」
 それまで沸き立っていた部屋の空気が、急速に凍りつく。誰もが固まっている中で、オスカーが顔を少し動かして、レクシオをにらんだ。
「確かか? ……というか、なぜレクシオがそれを断言できるんだ」
「あー」
 レクシオは気まずげに頭をかく。
「ほら。学院祭フェスティバル前、俺が憲兵隊に捕まってたことがあっただろ」
「……ああ」
「誰かさんたちのおかげで帰してもらえることになったとき、一度会ってるんだ。アーノルドさんに引き合わせられて」
 えっ、と声を漏らしたのは、誰だっただろう。オスカーでないことは確かだ。彼は、目を見開いて硬直していた。
「あのときはアーサー・オルディアン少佐って名乗ってた。多分、学校に通うときとか仕事をするときとかは、オルディアン姓を名乗るんだろうな」
「……そういえば、今回そんなことを仰ってたわね。憲兵隊特別調査室で働いている、とも」
 ステラが思わず口を開くと、レクシオは、そうそう、とばかりに顎を動かした。本当に言いたいことは別にあったのだが、とりあえず黙っておく。自分が言わなくても誰かが言い出すだろうと確信していたからだ。
 果たして、ステラの予想は的中した。
「ちょちょ、ちょっと待って! その話、初耳なんだけど!?」
「なんでもっと早く言わなかったんだよ!」
 ナタリーとトニーが立ち上がり、レクシオの方へ身を乗り出す。その剣幕たるや、ステラですらひるむほどであった。レクシオも驚いた様子で固まっていたが、部屋にいるほぼ全員からにらみつけられると、気まずげに両手を挙げた。
「ごめん、悪かったって。あのときはめちゃくちゃ混乱してて、それを話すどころじゃなかったんだって。正直、オルディアン少佐と話したことも半分くらい覚えてないし」
 素直に謝った少年の声音は、ひどく不安定だった。心底戸惑っているようだ。それを聞いて当時のことを思い出したのか、非難の視線が少し緩む。肩をすくめたステラの横で、彼は深く息を吐いていた。
「それに、あのときはまだ確信を持ててなかった。皇子様の顔を知らなかったから、同名の別人かもって疑ってたんだ」
「……疑うのも無理はない。アーサー殿下とオルディアン少佐が同一人物だとしても、人前に現れるのは影武者、という可能性もあるからね」
「ああ。でも、本物だろうな。今回の皇子様は、あのときの少佐と同じ人に見えた。あの様子だと、むこうもこっちを覚えてる。俺と少佐とその副官しかいなかった場に偽物を出す意味はないし」
「そうか。それなら今回は、影武者の可能性は低いね」
 神妙なジャックにうなずいたレクシオは、椅子の背もたれにもたれかかる。ようやく肩の力が抜けたようだった。
「それを確かめるために、宮廷騎士団に『忍び込んだ』ってわけかあ。やるねえ」
「人聞きが悪いぞ、ブライスさんよ」
 無邪気に笑ったブライスを見やり、レクシオが湿っぽく両目を細める。軽いやり取りから視線を逸らしたステラは、『調査団』の面々を見渡した。
「それについて、あたしからも報告が二つある」
 右手の指を二本立てたステラは、二人の学友に目を留める。
「ひとつ。ナタリー、トニー。レク救出作戦をやってたときに、あたしたちに話しかけてきた人、覚えてる?」
「そりゃあ、もちろん」
「あの怪しい兄さんだろ。忘れようが――」
 答えた二人が、はっと顔を見合わせた。「まさか」と呟いたトニーにうなずいて、ステラは指一本を折り曲げる。
「その人が、アーサー殿下だった」
「うーわー……」
 トニーがうめいて顔を覆った。ステラは構わずもう一本の指を曲げる。
「ふたつ。その殿下から、伝言を受け取った。『明の月アウローラ十五日、太陽が頂に達する前』――待ち合わせの日時なんだと思うけど……」
 ナタリーたちが、ぎょっと目をみはる。ステラはその反応から彼らの「報告」の内容を大方察したが、それを問うことはなかった。彼女が二人に問う前に、別の問いが飛んできたからである。
「ええと……日時のみ、ですか? 場所の指定は?」
 カーターがこわごわと挙手をしていた。彼を振り返ったステラは、少し首をかしげる。
「直接の指定はなかった。まあ、人目があったからね。でも、それっぽいことは言われた」
「それっぽいこと?」
「うん。……で、みんなに聞きたいんだけど……」
 歯切れ悪く言葉を切ったステラは、こめかみを軽くつついて記憶を手繰る。
「帝都の北東に、白鳥ってついてるお店や、白鳥に関わるものがある場所って、ある?」
 その場の何人かが不思議そうに目を瞬く。しかし、すぐ真剣に考え込む様子を見せた。待ち合わせ場所に関わることだと察したのだろう。
「白鳥、白鳥か……」
「わかりませんね……そちらの方面に行ったことがないですし……」
 カーターとミオンが揃ってうめく。どうしてか、顔をしかめて悩む姿がそっくりだ。
 少しの沈黙の後、「そういえば」という声がこぼれる。全員の注目がその方向に向いた。声の主――ジャックは顔を上げ、学友たちにきらめく黒瞳を向ける。
「厳密には北東ではないけれど。帝都の東側、高級住宅街の近くに『くつろぎの白鳥亭』という飲食店があるはずだ。父が何度も打ち合わせでお世話になっているよ」
「――それだ」
 ステラが前のめりになり、レクシオが指を鳴らす。声を揃えた幼馴染二人を見て、彼らの団長は苦笑した。
「断定するには早いんじゃないかな?」
「いやいや。いかにも密談に使いそうな場所じゃない」
「それに、ほかに『白鳥』の名がついた場所なんてあるか?」
 レクシオの問いに、ジャックとシンシアが首を振る。おそらく、この十人の中ではもっとも帝都の北東方面に詳しいであろう二人だ。その反応を見て「じゃあ決まりだな」とトニーが笑った。――その笑みは、すぐにかすんで真剣なまなざしの奥に隠れる。
「それじゃあさ、こっちの報告もしていいかな」
 ナタリーがトニーの方をぱっと振り返り、残る団員たちは不思議そうにしながらもうなずく。ステラは、心の中で続く言葉を想像した。その想像は、大きく外れてはいなかった。
「魔導具部門の見学中にさ、アデレード殿下がいらっしゃったのよ。そんで、トニーに声をかけてきた」
 トニーの目配せを受けて、ナタリーが気まずそうに報告する。何人かが驚きの声を上げたが、今度のそれは純粋なものではなく、いくらかの渋みが混じったものであった。
「……どうにも臭うな」
「でもさ。なんで帽子くん?」
 しかめっ面のオスカーを覆い隠すように、ブライスが立ち上がって飛び跳ねる。無邪気な問いに、トニーは苦笑を返した。
「俺がアデレード殿下と接点持っちゃったからだよ。この間の休みに、たまたま身分の高そうなお姉さんの落とし物を拾って、渡してあげたんだ。そのお姉さんが殿下だった、ってわけ」
「あれ、皇女様だったのか」
 意外そうに呟いたのは、レクシオだ。ステラたちはぎょっとして彼を見たが、当のトニーは「そうなのよー」と気の抜けた相槌を打っている。
 そこでステラは思い出した。この間の休みといえば、レクシオが壊れた武器を修理に出しにいった頃のはずだ。そこでトニーと一緒になったのだと、納得する。納得すると同時に、薄黒い靄が胸の中を覆った気がした。
「それ、ほんとに偶然?」
「さあ。こうなってくると怪しいな。腕輪を落としたのも、ひょっとしたらわざとだったかもしれない」
 言葉の割に、レクシオは平然としている。ステラは無言でかぶりを振った。
 第二学習室をまたも微妙な空気が覆う。先ほどまで飛び跳ねていたブライスが唇を引き結んで椅子に座り直すくらいには、居心地が悪い。
 重い空気を払うように、トニーが手を叩いた。
「そんで、話を戻すけど。俺に声をかけてきたアデレード殿下が、これを渡して去ってったんだよ」
 トニーは制服のポケットを探り、しわだらけの小さな紙を取り出す。折りたたんだそれを丁寧に開き、隣に座っていたジャックに渡した。そこから紙が九人の手に渡っていき、最後にレクシオがトニーへそれを返す。彼は、はあっ、とわざとらしく息を吐いた。
「『指定の場所でお会いしましょう』……ねえ。指定の場所は俺たちから聞けってか」
「そういうことだったんだろうな。さっき謎が解けてよかったよ」
 トニーは乾いた笑声を漏らし、ポケットに再び紙を突っ込む。その一瞬、誰もが頭の中で示された日時を思い浮かべていたことだろう。
「十五日のお昼ごろ、『くつろぎの白鳥亭』に……ですか。いったい、なんのお話をされるんでしょう……」
「決まってるじゃん、ミオン。神様絡みのお話しだよ」
 生真面目に眉を寄せるミオンに対して、ブライスが軽く返す。椅子の上で体を揺すっている彼女をたしなめるように見て、シンシアが息を吐いた。
「まあ、今まで話の流れから考えると、それしかあり得ないでしょうね」
 ステラは首肯して、頬をかく。
「となると、あたしは行くしかないよねえ」
「俺もだな」
 レクシオがあっさりと挙手する。ステラは弾かれたように振り向いたが、彼に心底不思議そうな顔で見つめ返されると、作り笑いを浮かべた。この幼馴染は、早々に『翼』という立場を受け入れつつあるらしい。そう思うと、安堵と同時にほろ苦いものがこみ上げた。
「ステラたちが行くなら、私らも行くよ」
「も、もちろんです」
「しかたがないな」
 ステラの胸中など知る由もない学友たちが、一斉に声を上げる。しかし。
「待った」
 張り切る彼らをジャックが制した。右手を挙げた彼は、再び仲間たちを順繰りに見てから、咳払いする。
「『くつろぎの白鳥亭』に行くのはいい。けれど、今回は人数を絞るべきだと、僕は思う」
 何人かが、なぜ、と言いたげに首をかしげる。一方で、納得しているのか眉一つ動かさない人もいた。その反応すべてを確認してから、ジャックは言葉を続ける。
「あのあたりは富裕層の人々や高級官僚が行き交う区画だ。そんな中に学生が大人数で出向けば、目立ってしまう」
「確かにな。いくら名門の学生とはいえ、貴族の子弟ばかりじゃない」
 旧友の呟きに、ジャックはかたい声を返す。
「その通り。それに、『くつろぎの白鳥亭』は学生が気軽に入れるお店じゃない」
 アデレードとアーサーが何の話をしたいかは予想がついている。その話の性質上、目立つのは好ましくない。ジャックの言うことはまったくの正論だ。それに――気にしなければならないのは、周囲の目だけではない。
「両殿下は味方だと思いたいところだけれど、まだ僕たちに接触する目的が見えない。もう少し用心した方がいいだろう。手札を隠しておくという意味でも、最小限――そうだね、三、四人で話し合いに臨むべきだと思うよ」
「でも、アーノルドさん経由で俺らのことは伝わってるんじゃねえの?」
「情報を知っていることと実際に見ることは、まったく別の意味がある。たとえアーノルドさんの口から僕たちのことが伝わっていたとしても、今の段階で手の内を全部見せてはいけない。情報がすべて正しかったのだと確信させてはいけないんだ」
 団長の言わんとすることを察したのだろう。トニーが険しい表情でうなずく。
 ステラにはそれが見えていなかった。ジャックだけに目を向けて、生唾を飲みこむ。
 彼の言葉は力強かった。その強さの奥にいつもと違う、ひりつくような厳しさがにじんでいる。皇族と――この国の政治の中心にいる人々と対峙するというのはそれだけ難しいことなのだと、遠回しに突きつけられているような気がした。
「となると、問題は人選ですよね」
 普段よりかたいミオンの声が響く。それで我に返ったステラは、顎を小さく動かした。
「あたしとレクは確定として、あと一人……いや、二人? どうしようか」
「それなら」
 手が挙がる。九人の視線を一身に浴びたオスカーが、部員の一人を手で示した。
「『研究部』代表として、シンシアを連れていってくれ」
「わたくしですか?」
 指名された少女が、目を丸くして口もとを覆う。
「セルフィラ神族に関係するお話なら、わたくしよりカーターが適任ではありませんの?」
「ラフェイリアス教代表は、すでに『翼』の二人がいる。今回より重要なのは、皇族に危険視されないこと、そして使えると思わせることだ。そういう振る舞いは、カーターよりもおまえの方が得意だろう」
「それは……そうかもしれませんけれど……」
「それに」
 オスカーは、渋面になったシンシアからステラたちの方へ目を移す。それからすぐに、話題の一部になっている少年を振り返った。
「カーターを『その面子』の中に放り込むのは気の毒だ」
 シンシアは、部長の言葉で目覚めたかのように息をのむ。青白い相貌を二人へ向け、明らかに縮こまっているカーターを見て、嘆息した。
「……オスカーの仰る通りですわ。わかりました。当日はわたくしも同行いたします」
「すみません、シンシアさん」
 しょぼくれているカーターを再度振り返り、シンシアはほほ笑む。
「気に病むことはありません。これもまた、適材適所、ということです」
 語る少女は凛としていて、その言葉もよどみない。
 ステラとレクシオは顔を見合わせたのち、「よろしく」と彼女に頭を下げた。流麗な礼が返ってくる。
 これで、三人は決まった。残る問題は、あと一人同行者をつけるかどうか、だ。これに関してはナタリーが意見を述べた。
「私かトニーも一緒に行った方がよくない? 一応、アデレード殿下はこっちに接触してきたわけだし。声をかけたはずの二人がどっちもいないとなったら、おかしいなって思われそう」
「それもそうだね」
 ジャックが小首をかしげ、顎に指を引っかける。今さらだが、そうしていると恐ろしく絵になる人だ。トニーが、そんな親友を一瞥したのちに己の顔を指さした。
「それじゃあ、俺が行こうか。殿下の腕輪を拾ったの、俺だし」
「だね。よろしく頼む」
「ほいよ、頼まれた」
 軽妙なやり取りで、最後の一人はあっさりと決まる。
『くつろぎの白鳥亭』へ赴くことになった四人は、ジャックの「どうか気をつけて。報告を待っているよ」という言葉に、それぞれ応じたのだった。