「ねえソラ! わたし、料理が作りたい!」
いきなり横から声が飛んできた。ソラは、スープをかきまぜていたお玉を手にしたまま固まる。
彼の目の前には、笑顔で手を挙げる少女がいた。大きな青い瞳が宝石のようにきらきらと輝いている。
「お料理したいの! だからお鍋代わって」
「ええ……」
いきなりの要求にソラは困り果てる。
リネと旅を始めて一か月が経った。決して優しくない旅路だったが、彼女は持ち前の明るさと行動力で立ちふさがる困難をことごとく乗り越えてきた。そんな彼女が、いつ「料理をしたい」と言い出してもおかしくないと、日々の炊事を担当しながら少年は思っていたのである。
だがいざ告白されてしまうと、唐突すぎるそれに戸惑ってしまうのだ。
その行動力は買う。だが彼女の腕が分からない以上、野営でいきなり調理をさせるのはまずい。自然の中だと何か事故が起きても咄嗟の対処ができないし、万が一でき上がった物を食べて仲良く腹を壊したら、厳しいどころの話ではすまないのだ。
悩みに悩んだ結果、彼は、
「明日、街に着いたらさせてやるから、今日は我慢な」
そう言って少女を納得させると、ため息をつきながらスープを椀に注ぎ始めたのである。
翌日。二人は、自炊できる調理場付きの宿を取った。リネはとても喜んだ。
着いてすぐ一通りの買い物や荷物整理を終えると、さっそく彼女は昼食を作ると言って、簡易の調理場へ飛んでいった。ソラはどこか鬱屈とした気分を抱えながらそれを追う。
かくして、昼食作りが始まった。だが――
「おい、その持ち方だと手を切るぞ。猫の手だ、猫の手」
「どうやるの?」
「こう。――危なっ!」
彼女はいろいろと危なっかしかった。包丁や野菜の持ち方しかり、火のもとの扱い方しかり。ソラはどうにか起きうる事故のすべてを言葉や行動で防いでいく。
とりあえず野菜はすべて切った。並べられたボウルの中には、人参やキャベツなどの野菜がそれぞれ入っている。そして豚肉も。あとはこれを炒めるだけだ。
「いっくよー」
リネは張り切って、油をしいたフライパンの中に野菜を投入していく。思い切りの良さは見習ってもいいかもしれないなどと考えながらソラは傍で見ていた。
「後は適度に混ぜて火が通ったと思ったら盛りつける。いいな」
「うん!」
ここまでくればさすがに大丈夫だろうと判断し、ソラは調理場を離れる。
重い安堵を抱えながら長椅子に腰かけると、隣に伏せてあった本を開いて読み始めた。
三十秒もすると鼻孔をくすぐる匂いが漂ってくる。案外できるものだと思って、少年はページをめくりながら口元をつり上げる。
だが、その瞬間に事件が起きた。
いきなり銃声にも似た乾いた音が響いたと思ったら、「ぎゃっ」という情けない声が聞こえたのである。ソラはさっさと立ち上がって本を伏せると、調理場に走った。
「どうした、リネ!」
「ソラ…………ばーん、って飛んだ」
「は?」
調理台を見てみると、フライパンの周囲に肉と野菜が飛び散っている。それらはいずれも黒く焦げていた。それだけならばまだ納得できる範囲内なのだが、空中で青い光が爆ぜているせいで非常識な光景となっている。
ああ、きれいだな。と現実逃避しかけたソラは、慌ててかぶりを振った。なるべく穏やかな表情でリネを見る。
「えーと、どうしてこうなった?」
「分かんない。混ぜてたら、いきなりこの中で青いのがちかちかってなって、変だなって思ったらばーんって飛んだ。多分――魔力だと思う」
「――へー」
ソラは納得した。かくかくと、機械仕掛けの人形のようにうなずく。
要は、魔術を制御できていないことが原因なのだろう。彼女が故郷を捨てるきっかけとなった力。それは未だ、諸刃の剣というべき状態のままなのだ。
「そういうことか。じゃあ明日からは魔術の制御訓練だな」
「うん」
「それまでは料理禁止だな」
「えー!?」
叫んだリネが、両手をばたつかせながら何か言う。だがそれらすべてを黙殺すると、ソラは火を消した。出かかったため息は、辛うじて飲みこんだ。
翌日から魔術の制御訓練が始まる。
結果として、少女は半年でそれをほぼ完璧に操れるようになった。だがなぜか、火を使わせると爆発が起こるという現象はやむことがなく……それを知ったとき、少年は再び嘆くはめになるのである。