来訪者

 帝都の片隅にひっそりと佇む武器屋にはほとんど客が来ない。来たとしても何かの偶然でそれを知った者たちばかりだ。 今、木の壁にもたれかかっている少年もその一人である。

 相変わらず、店の中に客はいない。薄暗い中で壁際に立てかけられた武器や盾が、怪しい光沢を放っているだけだ。埃っぽい空気に嫌気がさした少年はわずかに眉をひそめたが、すぐに諦めるとため息をこぼす。
「レク」
 唐突に名を呼ばれ、彼は顔を上げた。緑色の瞳は、店の奥から出てきた男を捉える。
 ツナギを着た男は、レクシオの視線が自分に向いたことに気がつくと、一枚の紙を彼に突き出した。
「予約は受理した。ここに書いてある日に、また来い」
「分かった。ありがとうな」
 簡潔な返事と共に彼は紙を受け取り、懐へねじ込んだ。それから改めて、静寂に包まれた店内を見回してみる。だが、やはり人が来る気配すらしない。
「相変わらず閑古鳥が鳴いてるよなー、この店」
「別にいいさ。そのぶん、数少ない常連客から金をふんだくってるからな」
「うげ」
 変なうめき声を漏らして顔をしかめるレクシオ。男、チャールズはそれを見て、先だけが茶色く染まった金髪をいじくりながら、快活に笑った。
 数か月に一度繰り広げられる応酬は、やはり平穏なものである。
「そういえばおまえ、学院生活の方はどうよ」
「うーん。グループの勧誘が始まってちょっとうるさいかな」
「グループってあれだろ。同好会みたいなやつだろ。レクはどこに入るんだ?」
「さあ。まだ決めてない」
 レクシオの高等部生活が始まって一月。それでもまだ所属グループが決まっていない彼は、勧誘者の格好の的になっているわけだが、それは適当にあしらっているので本人は気にしていない。
 それに、彼の幼馴染である少女が未だに所属をはっきりさせていないというのも大きかった。
「まあ、半年経つ頃にはどこかに落ちついてるだろ」
「……だといいが」
 レクシオの出自を知る男は顔を曇らせる。何か言いたげだったが、結局言葉の続きが形になることはなかった。
 彼が口を開く前に、武器屋の扉が開いたのである。
「こんにちは」
 簡潔な挨拶とともに入ってきた青年は、店主を見つけると会釈した。
 見たこともない客に、レクシオとチャールズは顔を見合わせる。だがいつまでもそうしているわけにはいかず、チャールズが先に青年の方へと向き直った。
「こんにちは。何かご注文がおありかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。こんな所に武器屋があるから、どんなものが売っているのか気になった」
「そうか。じゃ、ごゆっくり」
 言うと彼は、レクシオに一瞥をくれてからカウンターの向こう側へと戻る。
 気まずくなったと見えて、少年はやれやれと首を振った。それから、視線に気づいて正面を向く。先程の彼がじっと見ていた。青年、と表現するには妙に老成した雰囲気があることに気づき、レクシオはたじろぐ。
 だが青年は大して気にも留めず、店の最奥の小さな棚の方へ歩いていった。さりげなく、レクシオも後を追ってみる。
 そこにあるのは銃器の類だ。彼はそれを一つ一つ手にとって、物珍しそうに眺めていた。
「へえ、こっちの大陸でも拳銃が売っているんだな。店主が取り寄せたのか?」
 感心の滲む呟きを聞いていたレクシオは、ふと彼の腰に下がっているものに気づく。それは革製のポーチのようであり、なかには黒光りする塊が入っていた。
 男は振り返った。そして苦笑してみせると、腰のそれをぽんぽんと叩く。
「ホルスターと拳銃。見るのは初めて?」
「あ、いえ……。でも、ここの常連以外がそれを持っているのを見たのは初めてです」
「そうか。まあ、人殺しの道具だからな。見ないに越したことはない」
 青年の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。レクシオは、数秒間閉口した。
「……もしかして、『あっちの大陸』の人ですか」
 そう口にした瞬間、レクシオは背筋が寒くなるのを感じた。
 どういうわけか、急に青年から奇妙な「力」のようなものを感じ取ったのだ。
 青年はしかし、そんなものが無いかのように首をかしげる。それから、ああ、と漏らした。
「そうだよ。まあ、気ままな観光旅行ってやつさ」
「そうなんですか」
「ああ。オルドールの都、一度見てみたかったんだよね。なかなか楽しい」
 レクシオは青年の言葉が嘘ではないことを確信する。
 帝国、と呼ばれるこの国を正式名称で呼ぶのは、よその大陸の人間だけだ。

 だが、だとすればこの力はなんなのか。あちらの大陸の「まじない師」のものではない。
 いうなれば、魔導士の力を獰猛にしたようなものである。

 気になったレクシオは、しかし真実を知ることはできなかった。
 青年がふと壁の時計を仰ぎ見て「おっと、時間だ」と漏らしたのだ。彼は手にしていた銃を棚に戻すと、少年をまた振り返る。
「それじゃあ、俺は行く。店主さんによろしく言っておいて」
「はあ」
「あと、怖がらせてごめんね」
 レクシオは瞠目する。
 だが、彼が何かを返す前に、青年はさっさと踵を返すと――あっという間に出ていってしまったのだった。
 店には静寂が戻る。残されたのは一人の少年と、微かな力の残滓だけだった。

「レク。あの客、帰ったか」
「帰った。つーか仕事しろよ、店長」
 ひょっこりと顔を出したチャールズに、レクシオは辛辣な言葉を浴びせて、自らも店に別れを告げる。
 外へ出ても、もうあの青年の姿はどこにもなかった。
 そしてこれ以降、西大陸からやってきた珍客が再び店に姿を現すことも、なかったという。