017.恋愛方程式

 女子という生き物が、恋愛話で盛り上がることの多い存在だということは思っていた。ただしステラは、それを蚊帳の外から眺める立場だった。そして自分がその例に含まれないので、この認識がある種の偏見ではないかということもうすうす感じていた。――「女友達」というものができるまでは。

「で、結局ステラは幼馴染君とどこまで行ってるわけ?」
 そう問いかけられた瞬間、ステラはお茶を派手に吹きだした。うお、という少女の押し殺した悲鳴を聞かなかったことにして、彼女は咳きこみながらハンカチで口元をぬぐい、顔を上げる。
 すぐ向かい側の席では、赤毛の少女がにやにやしていた。生来の童顔は緩んだ頬のせいでいつも以上に幼く見える。
 そんな少女、ブライスを睨みつけながら、ステラはささやかな反撃を試みた。
「な、な、何を言ってるのよ、あんたはぁ……」
「あり? 違うの?」
……そんな反撃すらも、のらりくらりとかわされる。ステラは「違う!」と声を上げて芋を素揚げにした物を口に放り込んだ。塩味がいつもより辛く感じられて悲しい。そんな彼女の隣で、親友のナタリーがげっそりした顔をしている。
「この猫娘は……いきなり会話に加わってきたと思ったら、とんでもない爆弾投げ込んでくれたわね」
 その言葉に、ブライスの隣に座る黒髪おさげの少女が目を瞬く。
 ナタリーの発言は、ブライスと彼女の見解が一致していることを示すのだが、話題のタネにされている者に、事実を悟る余裕はない。
 帝国学院の食堂、その隅の席にちんまりと固まっているのが、ステラ、ナタリー、ミオン、ブライスの奇妙な女子四人組である。昼食を一緒にとることになったのだが、何故この取り合わせになったのかがステラにとってははなはだ疑問である。
 ただ、この場にレクシオがいなくて良かったとは思う。
「結構な人に勘繰られるんだけど、なんでかなあ」
 おかずとパンが乗った皿を押しのけるがごとく、こてんとテーブルに額をくっつけるステラ。それに対する猫娘の答えは非常にあっさりしていた。
「そりゃあ、あんだけ仲良ければ勘繰る人もいるさあ」
「仲が良い=恋人同士とは限らないでしょうが」
 あんたが言うな、と内心で突っ込みつつもステラはげんなりとそう答えた。だが、思わぬところから援護射撃があった、ブライスへの援護が。
「でもあんた、最近はレクに思うところあるんじゃないの?」
「ひぐっ!?」
「ええっ?」
 ナタリーの言葉に竦むステラと、ミオンの驚愕の叫びが重なった。声を上げた二人は、直後にきょとんと視線を交わし合う。
 もちろん、残る二人はそれを逃すような者ではない。
「あら、どうするミオン? ライバル出現かもしれないよ」
 えっ、と言ってミオンが顔を赤くする。さらにナタリーが悪戯っぽく笑う。
「違うよブライス。ミオンが興味持ってるのはトニーだって」
「ひぇえ!? なんでそうなるんですか」
「へー。そうなの?」
 同じグループの猫目少年の名前を出されて沸騰するミオンと、心底愉しそうなブライス。この異様と言えなくもない光景を見て、ステラは『新聞部』の恐るべき娘が標的を自分からミオンへと移したことを悟る。そして、ミオンには悪いが、そっと安堵の息を吐いた。
 ついでにこれまで無縁だと思っていた恋愛話の当事者になっていることに思いをはせ、はて、と首を傾けたのである。