かやのと拓海は、陽が高くなっていることに気づくと、近くにあった飲食店へと足を運んだ。飲食店、とは言っても、現代世界にあるような洒落たものではない。どちらかと言えば場末の酒場という表現が良く似合いそうな、小ぢんまりとした木造の家だ。
二人して適当に座り、素朴な料理を注文する。それから待っていると、
「ほら、飲みな」
気の良い女将がそんな言葉とともに、木製のカップを二つ差し出してきた。かやのはありがとうございます、と言ってから中身をのぞきこむ。橙色の液体で満ちていた。
「もしかして、オレンジジュース?」
「みたいですね」
かやのが独りごちると、淡白な答えが隣から返ってくる。拓海と顔を見合わせた彼女は、おそるおそるそれを口にした。
そして、目を見開いた。
口いっぱいに広がる甘みと酸味。そして、爽やかなオレンジの香り。忘れていたものを取り戻したような気分で、少女は叫んだ。
「美味しい!」
人が決して多くない店に、快活な声が響く。すると、女将がにっと笑った。
「そりゃあ良かった。家の畑で今朝採れたみかんをしぼって、ちょっとお砂糖を入れただけの簡単な飲み物なんだけどね。あ、別にお代は払わなくていいよ」
どうやら「オレンジジュース」ではなく「みかんジュース」だったらしい。だが、その事実がどうでもよくなるほど、今のかやのはこの飲み物の味に感動していた。
「つまり果汁100%ってことか!」
「まあ、この世界には添加物とか人工甘味料とかいう概念そのものが無いでしょうからね」
拓海が冷静な答えを返す。しかし彼もかなりの勢いで飲んでいるところを見ると、この味が気に入ったらしい。
「すごいですねー。日本じゃ果汁100%ジュースなんてそうそう飲まないですよ」
「あっても少し高いですし」
青年の呟きに、少女はうんうんとうなずいた。そんなジュースがここでお冷の代わりのように出てきたのだから、驚くべきことである。
終わりの見えない旅の中。かやのはまた一つ、この世界でしか味わえない感動を得た。
「この『少し高い』っていうのが、一人暮らしの大学生には痛いんですよ」
普段あまり聞かない、悔しそうな呟きを聞いたかやのは、目を瞬いた。
どうやら拓海は添加物の入ったものがあまり好きではないらしいという話を聞くのは、それから少し後のことになる。