031.夜明けとともに

――ふと、目を覚ました。そして同時に、オレは今おかれている状況に激しい違和感を覚えた。それはきっと、六年間ずっとベッドというもので寝ていなかったせいだろう。
 胸に焦りが生まれる。慌てて記憶を辿った。
 昨日は確か、レスの町に着いた。けれど追手が残した魔法陣が町に被害を及ぼしていると聞いてそれを壊そうと調査に乗り出したんだ。
 困っている人を助けたいとかいう殊勝な理由じゃあない。そんな理由でいちいち事件に首を突っ込んでいたら、あっという間に尻尾を掴まれてしまう。オレはただ、「相手」から姿をくらましたかったのだ。
 でも、調査の最中に変な魔術師に出会って……
「――ああ、そうだった」
 そこですべてを思い出した。アレンと名乗るそいつに探りを入れられたことも、レイラに遭遇してしまったことも、そいつのおかげでレイラを退けられたことも、そして。
 オレが、契約によるかりそめの自由を得たことも。
 なんだかげんなりとして、オレはもぞもぞと寝床から這い出した。昨日はいつの間に寝てしまったんだろうか、と思いながら振り返ると、掛け布代わりのつもりか、あの魔術師が着ていた上着がそこにある。オレはため息をついた。
 無防備に寝息を立てている上着の持ち主を一瞥してから、窓の方を見る。東の空はうっすらと白んでいた。曙の光は、微かに部屋へと差し込んでくる。
 オレは無意識のうちに首輪に触れた。自分がなんなのかを思い出させるものだ。
 なくなってしまえばいい、と思う一方で、この存在を完全に忘れてはならないとも思っている。忘れてしまえば、平穏に溺れてしまう気がするから。
「それ、気になるのか?」
 ふいに背後から声がした。見ると、アレンが掛け布の下から顔を出して笑っている。
「……脅かすなよ、てめえ」
「いや、感傷に浸っているようだったから、邪魔するのも悪いかなーと」
「だったら話しかけるな」
 そう吐き捨てると、胡散臭い魔術師はころころと笑った。相変わらず意味の分からない奴だ。
 オレは呆れてかぶりを振ってから、先程の質問に答えた。
「気にならない、といえば嘘になる。けれど、わざと棄て去りたいとは思わない」
「でも、それあると外じゃ生きていけないぞ」
「――つけていたいと言っているわけじゃないからな」
 別に、つけていればその瞬間奴隷だと看破されることくらい分かっている。オレが言いたいのはそういうことではないのだ。だがこいつはそんなこととっくに悟っているのだろう。うんうん、としかつめらしくうなずいた。
 腹は立つが、口に出せばまた疲れることを言われるに違いない。ここは黙っておくのが得策だろう。
「なら、早いとこギルドに行かないとな。で、ソフィアに外してもらおう」
「ソフィア?」
「同業の魔術師。リーダー補佐」
 簡潔に言って笑みを浮かべるアレン。聞き慣れない女性の名前を、オレはもう一度反芻した。
「これ」が外れる日が来るとは夢にも思っていなかった。複雑な、なんともいえない気分に顔をしかめる。だがアレンはオレの感想などどうでもいいと言わんばかりに、小さく欠伸をした。
「さて、もうひと眠りしようかな」
「勝手に寝てろ」
「うん。おやすみー」
 短いやりとりのあと、アレンは再び掛け布の下に潜り込むと、ものの数秒で寝息を立てた。
 何を考えているのか分からない。ひょっとしたらオレを悪いことに利用しようとか考えているのかもしれない。
 けれど、今はこいつに頼るしかないのだ。
 やりきれなさを飲みこんで、仕方がないから自分も二度寝しようと体を横たえる。
 窓をちらりと見ると、薄い黄金色が藍色の空の中に染み出しはじめていた。

「いやー、予想外の荒療治になって済まんね、クライン!」
「…………正直死ぬかと思った」
「あ、そうなの? ごめんなさい」
「心がこもってないな」
 余談だがこの翌日、アレンと話をしたのとはまた別の女性――いや少女に、大胆に首輪をはずされたあと、オレは二人とそんな会話をした。
 どうやら「インドラ」という魔術師ギルドにはまともな人間がいないらしい。
 この先うまくやっていけるのか、非常に不安だった。