もはや恒例となったロトの家での勉強会。その日の勉強会が終わった後、生徒の一人である少女は珍しく幼馴染を先に帰した。彼女は満足げに少年を見送ると、傍らに立つ青年の腕を引く。
「ねえねえ、ロト」
「なんだ? アニー」
ロトは、胡乱げな目をアニーに向けた。だがアニーはまったく気にせず、少し背伸びをしてまるで耳打ちをするかのように言葉をかける。
「あのね。もうすぐ、フェイの誕生日なんだ」
その言葉にロトは少なからず驚き、目を見開く。
「誕生日? フェイの?」
「そう。ロトは知らないだろうって思ったから、今日のうちに教えておこうと思ったの」
「ああ、なるほど。――そりゃどうも」
おそらく彼女には、事実を後から知ってしかめっ面をするロトの姿がありありと想像できたのだろう。ロトは複雑な気分になって顔をしかめ、気分をごまかすように頭をかいた。
「誕生日か……。あいつ、何を欲しがるかな。物欲なさそうだが」
「うーん……。欲しい本はいっぱいあるみたいだったけど」
そう言って、アニーはいくつか書名を挙げる。そのどれもが、子どもには到底手の届かないお値段の専門書だ。しかも中には、とうの昔に絶版となってしまったものもいくつか混ざっていた。
ロトは思わずのけぞる。
「さすがは本の虫だな。将来が怖い」
そう呟いた彼は頭を抱えて、少女に話を振ることにした。
「おまえは何かあげるのか?」
「え? 私?」
アニーは青い瞳を丸くしたが、すぐ得意気に笑って胸を反らす。
「私はもう用意してあるよ!」
「へえ、アニーにしては準備が良いな」
「近いうちに見せてあげる!」
「お、おう」
そんな会話をしたあと、アニーは帰っていった。
少女を一人見送った青年は、顎に指をひっかけてフェイに何をプレゼントしようかと考え始める。
彼の脳裏には、ある書名がひらめいていた。
「フェイ、誕生日おめでとう!」
いきなり、箱を抱えた幼馴染にそう言われて、フェイは目を丸くした。
なんの冗談か、と考えかけて、そういえば今日は誕生日だったと思い出す。すると急に嬉しくなって、少年は照れたように笑った。
「あ、ありがとう。ロトさんもわざわざ」
「いやまあ、俺は言うこと言いにきただけだから」
アニーの傍らに立っていた青年は、フェイの茶髪をくしゃりとなでると、珍しく優しげな微笑を向けてくる。
「誕生日おめでとう」
「――うん。ありがとう」
ロトがフェイの返事を聞いて蒼い目を細めたあと後方に下がると、にこにこしながらやり取りを見守っていたアニーがフェイに箱を突き出した。
「はいフェイ! これプレゼント!」
「あ、ありがとう。……って」
フェイは突き出された箱を見て、固まった。
見開かれた目はみるみるうちに輝いて、頬がかすかな朱に染まる。
アニーが突き出してきた木箱は、側面いっぱいに、そして蓋に大きく猫の絵が描かれていた。
「これ――」
「あんたさ、こういう猫の絵好きでしょ? 本箱にでも使ってよ」
「う、うん!! 大事にする!!」
フェイが箱を抱きかかえて叫ぶと、アニーは声を上げて笑った。楽しそうな子どもたちは、一人の大人が遠くから生温かい視線を注いでいることに気づかない。
一通り校門前でお祝いを済ませると、アニーはロトと共に街へ繰り出していった。どうも、これから剣を見つくろいにいくらしい。笑顔で手を振って見送ったフェイは、ふと去り際の彼女の声を思い出す。
『あとでその箱、開けてごらん!』
彼は首を傾けて箱を見る。
「これだけでもありがたいけど……何か入ってるのかな?」
フェイはとりあえず蓋を取ってみた。
そして硬直する。
箱の中には、一冊の古びた本が入っていた。題名と著者に覚えがある。彼が読んでみたいと思って探したものの、ずいぶん前に絶版になってしまって手に入らなかった代物だ。
「でも、なんで」
言いかけて、フェイは本と箱の側面の隙間に紙がはさまっていることに気付いた。抜きとってみると、小さなメッセージカードだった。白い紙面には記憶に新しい、本人の真面目さを示すような細く丁寧な字で、一言だけ、書かれていた。
『これからもよろしく』
無愛想な、けれど何にもまして温かい言葉を貰い、少年は涙をこらえて微笑んだ。
その後
「フェイが猫好きとは、意外だったな」
「私にしてみればロトのプレゼントの方が驚いたよ」
「そうか?」
「あれ、どうやって手に入れたの? 確か五十年近く前の本だって、フェイ言ってたよ」
「まあ、あれだ、コネだ。詳しいところは内緒」
「気になるなああ」
「――――気が向いたら教えてやる」