淡い陽の光を反射して、水晶が煌めいた。きらきらと、光の粒をまき散らすかのように。
大洋の西に小島が浮かんでいる。普段は、黒々とした山やわずかな緑、そして荒野に覆われた自然の島だ。けれど今は、その島を水晶が覆っている。荒れ果てた地面のあちこちから、錐か何かのように突き出した水晶は、あっという間に島を飲みこんでしまった。
――それは、息をのむほど美しい光景なのかもしれない。
けれどこの水晶は、恐ろしく獰猛だった。意思を持つかのように「繁殖」し続け、山を、草木を、動物たちを飲みこんでいる。水晶にのまれた生命の多くは、悲惨な運命を迎えていた。
命を奪う鉱物は、大地を司り、鉱物を変性させる力を持つ龍が生み出したものだ。
小さな島を覆って有り余る力を持っているのも当然である。
そして、それを止められるのは――同じ龍か、龍と契約を交わした魔術師のみ。
水晶が繁殖を続ける島の内部。かつて森だった場所に、青年がいる。金色の髪の下で空色の双眸を光らせる彼は、自分が持つ力を使って、繁殖する水晶に抗っていた。ぱきり、と音を立てて鉱物が広がるたびに、魔力の塊がそれを打ち砕く。すると、また別の場所から水晶が生え、青年がまた魔力を放つ――といった具合に、いたちごっこのようなことを続けていた。
いつからだろうか、と考える。考えかけて、しかし彼はかぶりを振った。集中力を切らせば、この鉱物にのまれるのは自分の方だ。命が懸っている。余計なことに気を取られている場合ではない。そう言い聞かせ、彼は水晶を砕き続ける。
だが――すでに島の外縁部を掌握した水晶は、到底彼一人の力で抑えきれるものではない。次第に、青年の動きが鈍っていく。既に顔色は悪く、全身はふらつき、気力だけで立っているような状態だった。
ぱきり、と。地面から再び生えた水晶を打ち砕いた彼は、口の中で小さく呟く。
「アス……聞こえるか?」
ともすれば消えてしまいそうな声。
けれどその後に、どこからともなく返答があった。
『聞こえるよ。なんとか、ね』
「そりゃ、良かった……」
『どう?』
あっけらかんと問われた青年は、魔力で周囲を薙ぎ払いながらため息をつく。
「どうもこうもねえよ。完全にこっちが押されてら。この水晶、雑草みたいに生えてきやがる」
『だろうね。晶龍の本気ってやつか』
感心したような言葉。しかし声には、堪え切れない怒りと無力感がにじんでいた。
「……やっぱり、アスが飛んでくることは難しいか?」
『難しい。あいつめ、他の龍の干渉を完全に拒んでる。力ずくで破ろうと思えばできなくもないけど、そうするとおまえまで巻き込んでしまうからね』
「そうか」
申し訳なさそうな声に素っ気なく答えた彼は、ふっ、と息を漏らす。
そのとき。
巨大な水晶の塊が、一気に生えてきた。
「ちっ! 『会話』してんのに気付かれたか?」
ぼやいた青年は魔力を振るう。
しかし、蒼い光は水晶の一部を軽くえぐっただけだった。
精悍な顔に動揺が走る。
「壊しきれない……!」
彼の言葉が終わらないうちに、水晶は目をみはるような速さで枝分かれする。そして、青年のすぐ足もとにまで迫った。
「しまっ――」
彼は咄嗟に逃げだそうとする。しかし、水晶の勢いが一瞬速く、青年の脚にからみつく。彼は足をとられて転んだ。すると、足にからみついた水晶の下からさらに、水晶の塊が張り出してくる。青年の身体は宙に持ち上げられ、やがて細い水晶が胴と腕を覆い始めた。
「ぐっ……あぁ……ぁ!」
全身を走る痺れるような痛みに、彼は顔をゆがめた。
声が聞こえる。
『どうした!?――まさか!』
「……っ、その、まさかだ……どうやら俺、負けた、みたいだな……」
『お、おい! そんな簡単に』
「安心しろよ……アス……ただで負けるつもりは、ねえ……やれるだけのことは、やる。……愛弟子がどっかで、頑張ってる、はずだしな」
声をしぼりだした青年は、にやり、と笑みを浮かべた。
「だから、慌てんなよ」
声が聞こえる。
名前を呼んでいる。彼の名前を。
しかし、それは徐々に途切れがちになっていき――
少しして、完全に聞こえなくなった。
朦朧とする意識の中、彼は言った。
「さあ……勝負はこっからだぞ、性悪龍……どっちが先に壊れるか、試そうじゃねえの」
かすれた言葉はしかし、力強く響いた。