ギルド『インドラ』の朝は早い。リーダーは日の出前に目を覚まし、さっさと執務にとりかかるのが、創設当初からの日常らしい。ただ、ギルドメンバーの起床時間にはかなりの個人差があり、リーダー並みの早起きからとんでもない寝坊助までいる。
代々リーダーはそのことに関してあまり口出しをしないのだが、『インドラ』にて朝の集まり――要するに朝礼が行われるようになってからは、寝ぼすけがいては困る、という話になった。
そしていつからか、ギルドの中でも特に早起きな人間のうち一人が、寝坊助メンバーを起こして回るようになった。
現在の『インドラ』においてその役割はもっぱらアレンが担っている。早起きな人は他にもいるが、大半が起こして回るのを嫌がるのと、彼がいつも率先して部屋回りをしているため、自然とアレンが「目覚まし担当」になってしまったというわけだ。
その朝もアレンはいつも通り部屋を回り、特に寝起きの悪い人々を起こして回る。耳元で叫んだり鼻をつねったり、起こし方はいろいろだ。長くやっているうちに、メンバーに合わせた起こし方を極めてしまったアレンである。
「起こし方の研究が、この仕事で一番楽しいんだよな」
というのが彼の弁だ。
そうして一通りみんなを叩き起こし、宿泊棟からギルドに戻った彼はしかし、違和感に目を細めた。
「あれ? シエルがいない?」
いつもは早くから剣を磨くなり本を読むなりしているチームメイトの少女がいない。アレンは少し考えると、踵を返した。
宿泊棟に戻り、シエルの部屋の前に立つ。息を吸って、扉を叩いた。
「おーい、シエルー」
声を出してみたが、返事はない。もう一度、今度は少し力を強くしてノック。声も大にして名前を呼んでみたが、やはり反応なし。
頭をかいたアレンは、うなってうなって――取っ手に手をかけた。「目覚まし担当」がいる関係で扉に鍵はなく、あっさりと内側に開く。少年がひょいと顔をのぞかせると、殺風景な部屋の奥の寝台に、大きな山が出来ていた。
「めっずらしいな。シエルが寝坊なんて」
目を見開いて呟いたアレンは、一切の遠慮をせずに部屋へ入る。いつも彼女が使っている剣が陳列されているのを眺めながら奥まで歩いた。
淡い桃色の上掛けが山になっているのを見て、アレンはなんとも言えない気持ちになった。よし、とひとつうなずいて、山をゆすってみた。
「シエルさーん。朝ですよー」
しかし、一切反応がない。
アレンは続いて、上掛けを引っぺがしてみた。すると、普段は後ろで結っている栗毛を広げて安らかな寝息を立てている少女が現れる。
「見た感じ、具合が悪いわけでもなさそうだけど……こいつ、普段こんなに寝起き悪くないよな?」
アレンは首をかたむけてしばらく考え込む。
それから、ありとあらゆる起こし方を試してみたが、シエルは全く反応しない。ふと時計を見て朝礼の時間が迫っていると気付いたアレンの中には焦りが生まれ――
「よし、こうなったら最終手段だ」
言うなり、彼は宙に手をかざす。すると、間をおかずに水の球体が現れた。
アレンは軽やかに手を振りおろすと――球を分解して、冷水を彼女の顔面にお見舞いしたのである。
結果としてシエルは無事目を覚ましたものの、その直後、アレンは彼女の本気のげんこつを食らうはめになった。
「何もあんな起こし方しなくてもいいじゃないのよ! この大馬鹿アレン!!」
「だ、だってあまりにも起きないからさあ……」
「だったらまだ耳元で金属音出される方がましよ!」
「あ、その手があったか」
「窒息死するかと思った!」
「すみません」
アレンは、以後、人を起こすのに魔術は使わないと誓った。
この事件から一年と少しあと、「目覚まし担当」は彼の数倍律儀な別の少年に託されることになり、その彼は常にフライパンと鞘に入った剣を携えて部屋を回るという方法を採った。
――がんがんと鳴り響く音を聞きながら、アレンは「本当にこれが"まし"なのかな」と首をひねっている。