父の旅・1

 地面を掘って作られた道の上を、一台の古びた馬車が走っている。それも、ゆっくりと。
 その中から、流れていく景色を眺めつつ彼はため息をついた。お世辞にも心地よいとは言えない振動を感じて、彼はすっと目を開く。
 それと同時に、馬車が一時停止する。前方から声が聞こえた。
「……どこまで行くんだったかな」
 彼は、小さな声で答えた。
「ロックフォードですよ」
「そうだったね」
 声が返ってきたと思ったら、また馬車が動き出す。その時、思い出したように前方の御者が問いかけてきた。
「そういや、あんたなんでロックフォードなんかに行くんだ? 観光……には思えないが」
 聞いた彼は、ふふ、と笑って首を横に振る。
「そうですね、観光ではないです。まあ……里帰りのための中継地点ってところですかね」
 御者は小さくそうかい、と返し、また前を向く。
 その時。彼は何かを感じて再び馬車の外をのぞいてみた。そして――眼前に広がる光景に、思わず息をのんだ。
 馬車のまわりを十数人ほどの男が取り囲んでいたのである。しかも、ほぼ全員武器を持っている。明らかに賊の類だ。だが、御者ははじめに、この辺りに賊が出ることはないと説明していた。
 と、いうことは――
 彼はちらりと、御者の方に目をやる。すると、また馬車が止まった。
「悪いね」
 御者の、そんな声を聞いた気がした。直後、金属のこすれ合う音が聞こえる。
「ついてないな……」
 言ってから息を吐くと、さっきまでのぞいていた窓の枠に手をかけ、思いっきり身体を馬車の外へと飛ばした。
 静かに着地。同時に、彼は素早く人数を確認した。
(五、十、十五………ざっと十八人程度、か)
 ちなみに、そのなかには先程まで御者をやっていた男の姿もあった。やれやれ、と彼が頭をかくと、賊――とも限らないがおそらくそうだろう――の中の一人が、彼に言う。
「荷物をすべて置いていけ。そうすれば見逃してやる」
 彼は、ちらりと自分の身体を見た。里帰りのための大きな荷物なんてものは、ひとつも持ってこなかった。道中の食事などは自然の中にある物で済ませていたため、非常食のような物もなし。あるのは水筒と、わずかばかりの銭と、自分が愛用している短剣数本だけだった。
――これを全部置いていけ? とんでもない。
 胸中で呟いてから、お手上げのポーズをつくる。
「残念だけど、ここに置いていける物はひとつもないよ」
「――そうか」
 先程の男が呟くと同時に、全員が武器を構える。そして、名も知らぬ旅人に向かってそれを振り上げた。
 彼はそれを見て、腰に刺していた投擲(とうてき)短剣を数本抜いた。それを瞬時に構えて、飛びかかろうとする数人の賊に向かって力いっぱい投げた。見事短剣が命中し、彼らは声もあげず倒れ伏した。
 他の者たちは、気絶した仲間を見て激昂した。
「てめえっ!」一斉に、飛びかかってくる。
 彼はそんな賊を一瞥した。さっきまでより、少し冷たい目で。今度は、武器ではなく拳を構える。
「死ねええええ!!」
 声を上げて殴りかかってくる男。御者をやっていたあの男だ。
 彼は一瞬、視線を鋭くした。と――