父の旅・2

 眼の色が、変わった。夜色から、空色へ。
『な……!』
 周りにいた者は、絶句する。男も思わず叫ぶ。
「おまえまさか、天ぞ――」
 しかし、言葉は途中で途切れる。
 彼が、殴ったのだ。男の鳩尾を、思いきり。
「ぐふっ」
 変な声を上げて、男はどさりと地に落ちた。それを見下ろす彼の目は、どこまでも冷たい。
 まだ残っていた者たちは、震え、叫んだ。
「予想外だ……」
「なんだよ、コイツぁ……」
「ば、化物め!!」
 そのすべてを聞いてから、彼は笑う。
「化物結構。むしろ少し嬉しいかもな。彼女と一緒だ」
 言って、再び構えようとした時、真っ白な光が、辺りを包んだ。
 賊は悲鳴を上げる。しかし、彼の方は随分と冷静だった。
 光がおさまる頃には、彼を取り囲んでいた男たちは全員気を失っていた。その表情はどれも、恐怖に彩られていた。
 そんな男たちを見下ろしてから、彼は『彼女』に呼びかける。
「わざわざ迎えにきてくれたのか?」
 すると、彼の前に一人の女が現れた。艶やかな黒髪に、彼より少し明るい青の瞳。彼がよく知る人物だった。その『彼女』は、呆れたように言った。
「まったく、こんなところで何やってんのかと思ったら……。もう少し騙されないように努力とかしなさいよ、カイル」
 彼――カイルは反論すらできず、ただ苦笑した。そんな彼をみて、『彼女』は深いため息をついた。それから、何か思い出したかのように目を瞬く。
「そういや、あんたにも流れてたの? 一族の血」
 質問されてカイルも思い出す。先程、瞳の色が変化したことについて。やっぱり聞かれるよなあ……なんて思いつつ、説明した。
「ああー。なんか先祖の中に"持ってる"人がいたみたい。で、たまたま俺にその血が入ってたんだってさ。それだけのことだよ。だから俺の力は、フウナに比べたらずっと弱い」
 フウナと呼ばれた女は、笑う。
「まあ、力の強い弱いはいいとしても……。なんだ、それでか」
「え?」
「いや、それでこの子に強い力があるんだなって思って」
 フウナが言うと同時に、彼女の背中からひょっこりと小さな頭がのぞく。それを見たカイルは、納得してうなずいた。
「ああ、そうか。それで"あっちの血"が濃く出てたんだな。……ていうか、連れてきてたのか?」
「うん」
 フウナがうなずくと同時に、背中から顔を出した『彼』の目がうっすらと開く。
「あれぇ……? おとーさんだ」
「あ、おはよう。ソラ」
 フウナが肩越しに振り返って息子に笑いかけた。それを見て、彼――ソラも眠たそうなまま微笑んだ。
「おはよー。おかーさん……」
 こっちまで釣られて笑ってしまう。そして、何だか温かい気持ちにもなった。
 すっかり穏やかな父親になったカイルを見て、フウナは言った。
「それじゃあ行こうか。ソラも起きたことだし」
「そうだな」
 家族三人は、笑顔のまま歩き出した。

 その後、目覚めた賊たちが通りかかった警邏の者に捕縛され、ちょっとした騒ぎになるのだが、あの三人家族がそれを知ることはない。